NEWS019:宇都宮会場の閉幕 18.06.2018

ボンソワール(こんばんは)!皆さん。おかげさまで昨日、宇都宮美術館での「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」展が無事終了しました。今日から館内では、次の三重県立美術館への巡回に向けた撤収作業が始まっています。
2018年4月29日(日・祝)~6月17日(日)、計43日を数える開館日を通じて、われらがサヴィニャックは、多くの観覧者の皆さんに向けて、スケッチや原画を生み出す自身の創造的なインスピレーション、1950~1960年代におけるポスター制作のノウハウとともに、これらの本質――「コミュニケーション・デザイン」とは何か、の片鱗をお伝えできた、と天国で喜んでいることでしょう。

1949年5月20日、サヴィニャックは、パリのメゾン・デ・ボザールで、自主制作のポスター原画による二人展「ヴィルモとサヴィニャック ポスター展」のオープニングを迎えましたが、その時、自身の作品が、すぐさま「ヴィジュアル・スキャンダル」として世の中を震撼させ、また、69年後の日本で、これほど熱心に観覧されるとは、想像もしなかったに違いありません。それほど当時の彼は無名で、しかし未知のクライアント、後世の人々にメッセージが共有される、という信念を持って、こつこつと原画を描き溜めていたのです。この二人展は、青天の霹靂に近い成功をサヴィニャックもたらし、早くも二年後には、傑作シリーズの一つにして、サヴィニャックの特質が遺憾なく発揮されている《ビック:走る、走る、ビック・ボールペンが走る》(1951年)が誕生しました。ちなみに本作は、当館でも所蔵しており、子どもたちに向けた学習教材『宇都宮美術館デザイン・キット deli.』[ワークシート&テキスト編]で取り上げています。「Q&A」方式で「デザインを分かりやすく学ぶ」この教材では、《ビック》を題材に、次のような問い掛けをしています――

「走る人やボールペンは、なぜ本物の写真ではないのでしょうか。さし絵でしか伝えることができないものは、何だと思いますか。」

これに対する「解説」(答えではなく、考えてもらうための手掛かり)として、

「一枚のポスターを作るには、もっとも効果があるイメージ(絵柄)、テキスト(文面)、その組み合わせを練らなくてはいけません。これを芸術的な目で監督するのがデザイナーの仕事です。柄や模様、写真、コピーライター(宣伝文を作る人)が考えたキャッチフレーズ(人の注意を引くように考えた短い宣伝文)にふさわしい文字、その並び方を工夫するのです。ボールペンを宣伝するこのポスターでは、イラストレーター(さし絵画家)でもあるサヴィニャックが、ユーモラスなさし絵、手書きのような文字、全体のデザインを手がけました。大きなボールペンとキャッチフレーズ、走る男性がひとつになって、この商品がなめらかに書けることを分かりやすく示しています。「elle court, elle court」という文は、そのまま訳すと「それは走る、それは走る」(注1)ですが、フランス語の「ボール(ペン)」は女性名詞なので(注2)、それ(elle)は「彼女」とも読めます。「彼女」をだきしめようと追いかける人の姿には、さし絵でしか表せないおかしさとあじわいが感じられます。」

を付しました。

「ポスター原画」「ポスター作家」という言い回しは、子どもたちには少し難しいので、ごく平明に「さし絵」「デザイナー」としましたが、肝要なのは、絵の魅力、ポスターがイメージとテキストから成るものであること、そしてポスター作家やグラフィック・デザイナーは、その組み合わせを芸術的に高め、メッセージを伝える仕事である、という点に尽きます。コミュニケーション・デザインの基礎を、子どもたちに、もちろん大人にも知ってもらうために、サヴィニャックの作品は、極めて優れた事例になり得る、として良いでしょう。

《ビック》だけではありません。本展の出品作品は、いずれも「デザインに初めて触れる」「ポスター理解の入門」に打って付けです。ついては、6月30日(土)から三重県立美術館で、ぜひご高覧いただければ幸いです。その後、10月末には兵庫県立美術館来年の1月初めになると広島県立美術館へも、サヴィニャックがやって来ます(注3)。どうぞお楽しみに!(完)

(注1)このキャッチフレーズは、フランスの童謡「il court, il court, le furet」(走る、走るイタチくん)をもじっっています。ちなみに「furet」(動物のイタチ)は男性名詞のため、童謡では、「それ」が「elle(女性名詞を受ける人称代名詞)ではなく「il(男性名詞を受ける人称代名詞)」になっています。
(注2)厳密に記すと、フランス語の「bille」(ボール)は女性名詞ですが、「stylo à bille」「stylo-bille」(どちらもボールペン)は男性名詞。また、フランスの世界的なボールペン・メーカーで、本作のクライアント「Bic」(社名)に由来する「bic」もボールペンを意味し、やはり男性名詞です。
(注3)本展の巡回情報は、こちらをご覧ください。

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end of Utsunomiya venue

TOPICS024:見どころ紹介+ショップ情報 その⑤ 11.06.2018

ボンジュール!皆さん。当館での本展も、余すところ1週間となりました。月日が経つのは、まことに早いものです。
今回の「見どころ紹介」は、展示を未見の方々、そして今週いっぱいの間に、もう一度、観覧を考えておられるリピーターの皆さんにも、これまで触れていなかった「必見のポイント」をご紹介したいと思います。

展覧会の導入となる「中央ホール」から見て、向かって右側の「会場1」は、入口にサヴィニャックが世界へ羽ばたくきっかけとなった《ヴィルモとサヴィニャック ポスター展》(1949年)のイメージを、作品よりも大きく「ウェルカム・サイン」として使っていますが、我らがレイモンは、花を手にした「右側の赤い人物」です。ヴィルモ(左側の青い人物)との違いは「口ヒゲ」の有る無しで、これにまつわるエピソードは、それまでヒゲを蓄えていなかったサヴィニャックが二人展の際に、世間に朋友のヴィルモと区別してもらうために、ポスターのなかの自身にヒゲを付し、以降、それが彼のトレードマークになった、というもの。
この時、サヴィニャックは41歳でした。本展では、さらに遡って「ヒゲのないレイモン」――それも幼少期から青年期までの姿を、貴重な記録写真に探っています。いずれも小さな写真のため、まとめて「1枚の額」に収めており、その向かい側にある年譜とともに、「パリの下町に生まれた少年が、どんな経緯でフランスを代表するポスター作家になったのか」「最初はどの仕事も長続きしなかったけれども、そんな経験が後年における創作の糧となった」ことを、読み解いていただければ幸いです。

あわせて、すでに取り上げた「A. M. カッサンドルのアシスタント時代」の仕事、その後、フリーランスの立場で手がけた「サヴィニャックらしさ」が窺われる1940年代の作品にも注目。これらには、単純化された動物・人間のイメージ骨太だけれども手描きならではの柔らかい線の表現特定の色による平明なコンポジションなど、《牛乳石鹸モンサヴォン》(1948/1950年)に見るサヴィニャックの特質がすべて現れています。「指さすヒト」の原型も、雑誌の表紙に登場しました。

しかし、同じ展示室内の他の作品群は、編年的にではなく、あえて類似のテーマや、本展の組み立ての根幹を成す「モティーフの括り」に沿って並べています。と言うのも、サヴィニャックの場合、モンサヴォンで確立し、世の中にも字義通り受け止められた自称「ヴィジュアル・スキャンダル」(物議を醸す視覚表現*)というスタイルは、そのインパクトが古めかしく感じられるようになっても、晩年に至るまで踏襲されたからです。いかに「ノン・コミッションド」(自主制作*)のポスター原画を出発点とし、原画に対するこだわりを持って制作したにせよ、基本的に商業美術は、多様な広告対象とクライアント、変転する時代、不特定多数の観客がポスターの向こう側に存在するので、理論に裏付けられた普遍性を目指さず、しかもこのような表現を貫いたサヴィニャックのあり方は、かなり特異だったと言えます。
(*)「ヴィジュアル・スキャンダル」「ノン・コミッションド」については、「サヴィニャックをめぐる言説」を参照

再び中央ホールに戻り、今度は向かって左手の「会場2」に目を向けてみましょう。展示室の入口には、電器メーカー「フリジェコ」のシリーズから抽出した「指さすヒト」の人形、ウェルカム・サインは《イル・ジョルノ紙》(1956年)を選びましたが、どちらも独自なスタイルの開花、並びに様式化を示唆しています。

こちらの展示室に関しては、随所で試みた「原画とポスターの並置」に留意してください。フランスの近代ポスターにおける「アイディア・スケッチがポスターになるまでの工程」は、「サヴィニャックとともに旅を その③」で記したため、ここでは詳細を割愛しますが、特にサヴィニャックについて興味深いのは、一口に「原画」と言っても、目的によって、さまざまなサイズと完成度のものがあり、そのすべてが解明されていない点でしょう。たとえば、スケッチに近い原画、いわゆる(作家の肉筆とされる)ポスター原画、製版の一段階前と思しい(印刷の現場に最も近い)ポスター原画は、「サヴィニャック作品」として刷られるポスターと、必ずしもディテールが合致しません。また、入念な検討・推敲を通じて、完成に至る段階を示すものとは言い難い印象です。

事実、「ウット毛糸」のコーナーでは、右端の小ぶりな原画(1949年頃)と、ドアノーによる左端の写真(1950年)に見る大きな原画は、かなり違う点に誰もが気付かされます。

右から二番目のポスター(1949/1951年)と、それに基づいて42年後に作家自身が再制作した不思議なデザイン画(1993年)も同様。結論から言えば、サヴィニャックは、決して「緻密なアプローチを追求する理詰めのグラフィック・デザイナー」「鋭い感覚で采配を振るやり手のアート・ディレクター」ではなく、どこまでも「爛漫なヴィジュアル・スキャンダルに透徹したポスター画家」でした。よって、こうした「原画のばらつき・ポスターとの不一致」が生じ、広告の発表後、「プロジェクトの起承転結を系統的に保存・自己分析したわけでもなかった」と考えられます。

別のコーナーには、まさにサヴィニャックならではの「放逸な典型」を表象する「指さすヒト」の原画とポスターがずらりと並びます。ちなみに、これらの指が揃って「右を差す」理由は、「サヴィニャックの色 その③ 」で解説した「文字列が左から右へと記される欧文の性質」と関係しており、事例としては少ない「左を差す」タイプ――たとえば《ペルネル(毛糸):これさえあればバッチリ》(1965年)も、「毛糸玉が手編みの衣類になった」という筋書きからすると、やはり「左(毛糸)から右(全身が手編みの人間)へと視点が動く」構図に他なりません。

[本展グッズのご紹介]
ミュージアム・ショップから今回は、グッズ2種、及び本展図録を改めて紹介いたします。

●A4版ダブルファイル:税込680円
「半額料金パス」を意味する「半身の男女」のアイディアが秀逸な作品に基づく商品で、表紙は「ムッシュ」、中面右側に「マダム」を配し、左側には元になった《フランス国有鉄道》ポスターの画像を入れました。ベースとなる色が濃いブルーなので、クリアファイルでありながら中の書類が透けず、2つのポケットは容量もたっぷり。

●フランス製ポストカード(各種):税別150円
公式グッズのポストカードは、どれも「出品作品」によりますが、それだけでは飽き足らないサヴィニャック・ファンの方々もおられることでしょう。ついては、「他のサヴィニャック作品」をグッズとして購入できるよう、フランス製のポストカードを用意しました。幾つかの種類があるなかで、ここでは晩年の《ショーモン国際ポスター展》《トゥルーヴィル笑いの大衆芸能祭》を紹介します。

●本展図録:ハード・カヴァー/全264ページ:2300円
200点以上の出品作品・資料の画像、項目・作品・トピックス解説を散りばめ、3本のテキスト、詳細な年表、文献リスト、巻末データと充実した内容です。初会場の練馬区立美術館では、最終日に売り切れとなりましたので、ぜひお早めにお求めください。幸いにも当館では、下記の通り「通信販売+全国配送」を承っております。

宇都宮美術館ミュージアム・ショップでは、サヴィニャック展の公式図録・グッズのほか、ショップ内の取り扱い商品を、
※通信販売+全国配送
いたします。
詳しくは、下記までお問合せください。
直通TEL.028-666-8585
E-MAIL:utm_ms@icloud.com
なお、
※サヴィニャック関係の商品は、展覧会期中(最終日6月17日)のみの扱いとなりますので、ご注意ください。

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TOPICS002:《牛乳石鹸モンサヴォン》をめぐるエピソード その②――ヴィルモとの二人展 05.04.2018

数あるサヴィニャックのポスターのなかでも、知名度とヴィジュアル・インパクトの高い《牛乳石鹸モンサヴォン》(1948/1950年)は、その誕生が一種の「デビュー神話」として語り継がれています。まず、このポスターの「原画」を手がけた当時のサヴィニャックは、さまざまな苦節を味わった1920年代~1930年代を経て、フランスの化粧品メーカー「ロレアル」のグループ企業で、広告代理店の「広告コンソーシアム」にデザイナーとしての地位を得たものの、退職を余儀なくされたばかりでした(在職1943~47年)。そんな状況にあって、年齢が近い同業の友人ベルナール・ヴィルモ(1911~89年)と再会したサヴィニャックは、ヴィルモのほか2名のクリエイターが共同で借りていたアトリエ(パリ1区ダニエレ・カサノヴァ街)に転がり込みます。
そして、フリーランスの立場では、新旧クライアントへの訴求、また、インハウスの職を求めるために、ひたすらポスター原画を描く、という活動を続けながら、ヴィルモの提案により、二人展ヴィルモとサヴィニャック ポスター展」(パリ、メゾン・デ・ボザール。1949年5月20日~6月4日)を開催しました。その会場に並んだのが、のちに《牛乳石鹸モンサヴォン》(ポスター)となった「牛」(原画)であり、これに着目したのは、ロレアルと広告コンソーシアムの創設者にして、数年前にサヴィニャックを馘にしたウージェーヌ・シュレール(1881~1957年)だったのです。こうして「サヴィニャックの“牛”」は、正式にロレアルの、すなわち「モンサヴォン石鹸の“牛”」として世の中にお目見えします。(続く)

※この連載トピックスの第一回も、ご一読ください。また、サヴィニャックの詳しい生涯年譜は、こちらをご覧ください。
※取材協力=練馬区立美術館

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