TOPICS026:見どころ紹介+ショップ情報――エスプリはディテールに宿る(最終回) 16.06.2018

ボンジュール!皆さん。ゴールデンウィークとともに始まった本展も、梅雨空の下、余すところ一日となりました。作品の日本到着から数えると、およそ半年を経過しています。そして、サヴィニャックが《牛乳石鹸モンサヴォン》の原画(1948年)を手がけてから、実に70年の歳月が流れました。
連載記事「見どころ紹介+ショップ情報」を締め括る今回は、どれほど月日が経っても褪せないサヴィニャック作品の魅力を、ギャラリー・トークや記念講演会、図録でもほとんど触れなかった「印刷技法」に探る、という観点で綴りたいと思います。展覧会をすでにご覧いただいた方は、作品・展示を思い起こしながら、また、明日の最終日が心待ちの皆さんと、これから三重・兵庫・広島の各館で観覧される人々には、ささやかな鑑賞ガイドとしてお読みいただければ幸いです。

19世紀末に始まるヨーロッパの近代ポスターは、サヴィニャックの最盛期(1950~1960年代)、引き続く1970年代の半ばまで、リトグラフによるものが主流でした。「版・インク・紙の関係」で言うと、「平版」に分類されるリトグラフは、色が鮮やかなうえ、大きな版で多くの枚数を刷ることに適しているため、必然的にポスターで多用されたのです。その開発・制作の中心がフランス、とりわけパリは最大の拠点に他なりません。フランスは、造形芸術としての刷り物(版画)の優れた伝統も有するので、商業広告もしくは美術作品、あるいは両方を得意とする一流の美術印刷所が、「リトグラフによる芸術性の高い印刷物」の発展に寄与しています。A. M. カッサンドルやサヴィニャックのポスターは、こうした風土の賜物、として良いでしょう。いみじくも「石版」と訳されるように、リトグラフにおいては、表面をざらざらにした石灰石(版)に油性クレヨンで絵や文字を描き(直描)、アラビア・ゴムを塗って「製版」を行います。ゴムはクレヨンと反応して油を、石の成分にも反応して水を引き寄せる性質を示します。次に、石(版)を水で濡らし、油性インクを載せると、水と油がはじき合い、クレヨンで描かれた部分だけにインクが付き、そのイメージを紙に刷る、これが「印刷」の仕組みです。但し、この方法では、リアルで細かい表現が難しいため、商業広告の場合、直描ではなく、イメージの転写や、金属版を用いたリトグラフが台頭しました。

カッサンドルが活躍した時代(1920~1930年代)は、繊細な調子を生み出すのにエアーブラシが用いられ、近寄って見ると、その巧みな使い方――非常に小さな「点」の集まりによって、陰影・濃淡が作られていることに気付かされます。ところがサヴィニャックは、若い頃からエアーブラシが大の苦手でした。よって、リトグラフならではの「勢いのある筆さばき」「柔らかなクレヨンづかい」を活かす表現に徹し、そのディテールは、大らかな風情を湛えます。

その後、リトグラフの原理を発展させ、大量印刷、写真のような表現が可能な「オフセット印刷」(平版)が考案され、アメリカや日本の場合、戦前から商業広告を席巻します。これは、写真による製版と、版と紙を密着させない印刷を特徴とし、特に刷りの工程は、筒型の金属板に水をつけ、インクを塗って、やはり円筒状のゴムにイメージを転写してから紙に印刷する、という画期的な方法でした。軟らかいゴムは、細かい陰影・濃淡を表すのに適しており、筒が回る輪転機の導入で、印刷物がより早く、より多く刷れるようになったのです。オフセット印刷は、虫めがねで観察すると、独特の「網のような点」が見えます。

こうした状況にあって、歴史的に「リトグラフの美術印刷」を誇ったヨーロッパ、とりわけフランスでは、「写真製版+金属板リトグラフ」という発展的な折衷技法が実践され、結果的に商業広告におけるリトグラフの存続が図られました。本展の出品作品としては、《オリヴェッティ レッテラ22》(1953年)が該当し、いかにもサヴィニャックらしい、言い換えると素朴なリトグラフ表現の人物と、当時の工業製品のカタログから切り取られたような写真製版のタイプライター、そのパッケージが対比を成し、珍しいタイプのポスターと言えます。人物を彩るタイプライターの二色フォント、企業・製品のロゴマークの部分は、刷りこそリトグラフですが、もちろんサヴィニャックの直描ではなく、彼の指示に従って転写され、製版の実際は美術印刷所の画工に帰せられます。

商業リトグラフの黄金期を牽引したカッサンドルは、さまざまな理由が重なって、1968年、67歳でピストル自殺の露と消えました。巨匠を精神的に追い詰めた理由の一つに、フランスにも押し寄せた「リトグラフ広告の凋落」があった、と言われています。緻密で完璧なグラフィックを再現する古典的な技法、デザイナーを納得させる手わざと美術印刷所の粋――「リトグラフのポスター」の時代が間もなく終焉する、と予見し、耐えがたい絶望を感じた、と解釈して良いでしょう。その頃、われらがサヴィニャックも、アート・ディレクター制度、写真を全面に打ち出したポスターの敷衍で、戦々恐々たる思いに囚われるようになった1970年代を目前にしています。

その代わり、affichiste(ポスター作家)としては、製版・印刷技法の如何にかかわらず、イラストレイティヴな作風を貫き、自身もクライアントも再起を賭けた《前へ、シトロエン!》(1981年)で花を咲かせた翌年、トゥルーヴィル=シュル=メールへ転居。さらに20年間、ポスター制作の方法、ひいてはコミュニケーション・デザインがデジタルの時代に突入するのを横目で見ながら、相変わらずのスタイルを守り、穏やかなペースで創造を続け、2002年に94歳の大往生を遂げました。

 

そんなレイモンが生涯大切にした「フランスのエスプリ」「パリにかけたポスターの魔法」を、当館の最終日は展覧会場で、印刷技法を始め、作品のディテールのなかに読み解いていただければ幸甚です。(完)

[ミュージアム・ショップからご挨拶]

ミュージアム・ショップからの最後のお知らせは、本展図録のご紹介となります。

 

●本展図録:ハード・カヴァー/全264ページ:税込2300円
日本で開催されるサヴィニャックの個展としては最大規模、200点以上の出品作品・資料の画像、項目・作品・トピックス解説を散りばめ、3本のテキスト、詳細な年表、文献リスト、巻末データと大変充実した内容です。監修者のティエリー・ドゥヴァンク(パリ市フォルネー図書館学芸員)による「サヴィニャック、パリの魔術師」は日仏対訳、他のテキストは、解説を含めて日英併記(年表のみ日本語)。詳しい内容は、こちらをご覧ください。

宇都宮美術館ミュージアム・ショップでは、サヴィニャック展の公式図録・グッズのほか、ショップ内の取り扱い商品を、
※通信販売+全国配送
いたします。
詳しくは、下記までお問合せください。
直通TEL.028-666-8585
E-MAIL:utm_ms@icloud.com
なお、
※サヴィニャック関係の商品は、最終日6月17日のみの扱いとなりますので、ご注意ください。

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TOPICS019:サヴィニャックの色 その① 25.05.2018

しばらく前の記事で紹介したように、当館における本展は、二つの展示室をつなぎ、会場への導入となる「中央ホール」から始まります。


この場所で注目していただきたいのは、サヴィニャックが晩年に愛用した画材・道具(参考出品作品)です。2002年(平成14)まで長生きし、生涯現役だった作家だけあって、これらの品々は、いずれも骨董的なものではありません。クレヨン、サインペンやマーカー、色鉛筆、アクリル絵具などは、今日も流通している製品が多く、国内の画材店で見かけた、学校・大学の授業で使った経験がある、という皆さんも少なくないのではないでしょうか。

ともあれ、画材・道具を眺めたうえで、いよいよ展示室内の作品、特に肉筆の「原画」と向き合い、じっくりと観察してください。

たとえば、キャンヴァスにアクリル絵具で描かれた《「文化遺産年」原画》(1980年)。あるいは、合板とグワッシュを用いた《「クリームデザート モン・ブラン」原画》(1964年)両者の共通点は何でしょうか。肉筆作品とポスターの比較も大切です。上記の原画2枚と、《フリジェコ:良質の冷蔵庫》(1959年)を見くらべてみましょう。

「ポスター画家」であるサヴィニャックの場合、その作品は、基本的には「広告されるモノ・コト」を率直に伝え、クライアントの意向、印刷・掲出現場の事情も鑑みながら、ポスターという媒体に置き換えられることを前提にしています。よって、具象的で簡略化された表現のモティーフは、ラインアップとヴァリエーションの数・種類が膨大です。それでもなお、無数のモティーフ、さまざまなポスターを通底する「特徴的な造形性」が顕著に認められ、その一つが「」に他なりません。

  

サヴィニャック作品に頻出する色彩は――ずばり、コバルトやシアンを基調とする「爽快な青」です。この系統の青の色味・明度・彩度に変化をつけ、他の色との効果的な組み合わせによって、訴求したいモノ・コトに最も合致した「絵」を展開し、宣伝物としての多様性も図られています。もちろん、それぞれの商品とクライアントを象徴する色(シンボル・カラー)、ロゴマークやパッケージには決まりがあるので、それを尊重し、純粋美術とは異なるグラフィック・デザインならではの「色のコンポジション」を生み出しました。また、原画ではデリケートな色の表現が、ポスターになると、必然的に平明な刷りに変わる点も、サヴィニャックは承知していました。つまり、版画(美術作品)との違いを認識し、同時代の印刷技術(商業印刷のリトグラフやオフセット刷り)で可能な「自身の色=青=広告の色」を駆使した、として良いでしょう。

 

以上を念頭に置いて、改めて展示室を一巡してください。すると、「サヴィニャックの青」が次々と目に飛び込んでくるはずです。

  

そして、最後にもう一度、画材を仔細に見れば、どの色がよく使われたのか、すぐさまお分かりになるでしょう。(続く)

※今回、《文化遺産年》はポスターが出品されていませんが、「サヴィニャックとデザイン史の本棚」コーナーで紹介した Anne-Claude Lelieur, Raymond Bachollet, Savignac affichiste, Bibliothèque Forney, Paris, 2001 のなかに、それを見ることができます。

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