TOPICS012:サヴィニャックとともに旅を エピローグ――みんなのクルマ 02.05.2018

オートバイ(2輪)を含む「自動車」の広告は、時代を超えて「クルマそのもの」を大きくあしらい、その見せ方に「ユーザーの視点」が盛り込まれる手法のものが多い、として良いでしょう。イラストレーションであれ写真であれ、また、即物的であろうと感覚的であろうと、クルマの全容と特徴を最も魅力的なアングルで打ち出し、必ず支持する、もしくは憧れの対象として眺め、手にしたいと思う人々の心をくすぐり、そうしたユーザーにとって分かりやすい文言や、親近感を覚えるサブ・ヴィジュアル(人物など)が添えられます。
ところが、本展の出品作品《ルノー4CV:4輪、4ドア、4シート、お値段4.472NF(新フラン)》(1959年)は、典型的な「自動車ポスター」とは一線を画します。

企業広告ではなく、特定の車種を訴求する内容でありながら、クルマのイメージがまったく登場しません。主人公は、木馬のような姿かたちののウマ3頭、及び明らかに頑健そうな駄馬が1頭
これらに、4輪(赤ウマ)

4ドア(緑ウマ)

4シート(青ウマ)

を示す言葉、分かりやすさを超えて、滑稽味も感じられる図説が付されます。
少し説明を要する「駄馬+財布」の表現は、フランスに特有の自動車税――「標準課税馬力」に応じて、地方ごとに税率が異なる「登録税」に関係しています。

つまり、標準課税馬力の一分類「4CV(4馬力)」を車種名として掲げるこのクルマは、「小さいけれども4ドアで4人乗り、お値段も税金もお得なファミリー向け」、要するに「使い勝手も走りも良い小型大衆車」として開発され、フランス国内外で人気を博したことが、「自動車ポスターらしからぬグラフィック」から読み取れるのです。
自動車の世界史においては、ドイツのフォルクスワーゲン「タイプ1」(プロトタイプ登場1938年。愛称“ビートル”)とコンセプト、時代背景が重なりますが、フランスのルノー「4CV」(1946年)は、カー・デザイン(ルノーのインハウス・デザイナー/エンジニアのフェルナン・ピカールによる)、その広告、少しひねった手法のサヴィニャック作品であっても、やはり「ユーザー=フランスの一般の人々」を意識していることが感じられます。同じ路線のルノー後継車種は、「ドーフィーヌ」(1956年)、この連載トピックスの第四回で言及した「4」(キャトル/愛称“キャトレール”。1963年)でした。

 

本展の「自動車とその部品」コーナーで展示される他の作品としては、顧客向けの大判手帳《ダンロップ・スケジュール帳》(1961年)、同メーカーのシリーズ・ポスターの一つ《ダンロップタイヤで出発》(1953年)が秀逸。

どちらもサヴィニャックお気に入りの「冴えたブルー」を基調とし、クルマ以上にメカニカルな存在であるタイヤ、すなわち「みんなのクルマを支える大切な部品」を即物的でありながら、楽しげに表しています。

[関連情報]
サヴィニャックの祖国フランスには、世界最大級のクルマのミュージアムがあることを、皆さんはご存じでしょうか。それは、スイスに近いアルザス地方の工業都市、オー=ラン県ミュルーズの「国立自動車博物館-シュルンプフ・コレクション」で、ルノーは元より、プジョーシトロエンを始めとするフランス車外国車を網羅し、クラシック・カーから新しい車種を含む膨大なコレクションの収蔵・展示自動車の歴史・科学・デザインなどを学ぶことができる施設です。もし「サヴィニャックとともに“フランス”の旅を」実現するチャンスに恵まれたら、パリからTGV(フランスの高速鉄道)で3時間前後のミュルーズを訪ねるのは一興かも知れません。

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TOPICS010:サヴィニャックとともに旅を その④ 23.04.2018

この連載トピックスの第一回第二回第三回では、「鉄道」がテーマのサヴィニャック作品を取り上げました。鉄道というものは、基本的には安全・正確・快適、時には高速な「移動の手段」であるのみならず、「旅の演出」に関する創意や工夫が求められ、これらを踏まえて、優れた車両、駅舎、サーヴィス、広告などが導かれます。ちなみにフランスは、サヴィニャックの時代以前から今日まで、鉄道の充実度が高い国の一つです。
一方、フランスの「自動車」も、産業の力とデザイン面で世界的に知られています。サヴィニャックからすると、ルノーシトロエン(母国の自動車メーカー)は、戦後の重要なクライアントですが、自らハンドルを握り、のどかな「クルマの旅」を楽しんだ経験が、ポスター制作に活かされた、として良いでしょう。その珠玉――カジュアルでおしゃれ、しかも「フランスらしいスタイリング」の小型大衆車と、サヴィニャックによる「フランスらしいグラフィズム」の見事な合致は、《ルノー4》(1963年)に見て取ることができます。

本展では、「野山を駆ける赤いハッチバック」の姿で描かれる「4」(キャトル/愛称=キャトレール)ポスター、原画、再制作のデザイン画、巨大絵画が出品され、いずれも興味が尽きません。

  

特に、ポスターよりも大きい「絵画」は、美術作品ではなく、ポスターのイメージを拡大したディスプレイ・グラフィック(自動車の展示会の背景画)ではないか、と推測されます。

本展監修者のティエリー・ドゥヴァンク氏(パリ市フォルネー図書館学芸員)は、「R4」という文字情報の右下の「山の頂上」が、
*原画では丸い
*ポスターは「印刷のかすれ」で生じた「くぼみのあるかたち」を呈する
*この「偶然の形状」まで「なぞった」のが巨大絵画
しかし、フランスは火山が少ないことや、原画には見られないディテールである点に留意すべき、と指摘します。すなわち、サヴィニャックのポスターを手本としたディスプレイかも知れない、というわけです。事実、ポスターに基づくサヴィニャック自身の再制作(デザイン画)を見ると、山頂はくぼんでおらず、なだらかな丸みを帯びているのです。さらに、大きな「絵画」が「自動車の展示会の背景画」だとしたら、という仮定で、「4」の実車と比較してみると、クルマの方が60cm以上長い計算になります。また、実際の車高は、サヴィニャックのイラストレーションよりも低いプロポーションです。言い換えると、実車に比べて「愛らしく」表現することで、赤いハッチバックの「フランスらしさ(特徴・魅力)」を、より多くの人々に、より分かりやすく伝える意図があったのかも知れません。(続く)

[関連ニュース]
当館での本展は、いよいよ4月29日に始まります。開幕に向けての準備もたけなわで、美術館の建物回り、周囲の緑の中には、サヴィニャック作品を用いたサインがいくつも掲出されています。《ルノー4》(1963年)は、もちろん登場しました。

このポスターのように、「サヴィニャックとともに“野山”の旅を」味わい、宇都宮へのドライヴも楽しんでいただければ幸いです。交通案内は、こちらをご覧ください。

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TOPICS009:サヴィニャックとともに旅を その③ 19.04.2018

1933年にアリアンス・グラフィック社の下請け、その翌年になると、同社の看板デザイナーの一人A.M. カッサンドル(1901~68年)のアシスタントになったサヴィニャックは、自身の将来を見据えて、フリーランスの仕事も引き受けるようになります。しかし、理論・実務を学びながらの活動は、1938年の冬に終止符が打たれました。カッサンドルがアメリカへ渡ったからです。
カッサンドルの紹介により、ポスター下絵師・図案家として職を得たドラジェール兄弟印刷所も(在職1938~39年)、第二次世界大戦に伴う従軍で辞めざるを得ず、「ポスター作家 サヴィニャック」のキャリアは、除隊後の1940年以降、実質的には《牛乳石鹸モンサヴォン》(1948/1950年)の登場をもって本格的にスタート、という紆余曲折を経ました。
よって、カッサンドル風の「旅物」ポスターは、創造の糧になったとは言え、1940年代後半には姿を消し、やはり鉄道会社がクライアントであっても、およそ趣の異なる、つまり「サヴィニャックらしい」ものに置き換えられていきます。
本展で注目したいのは、フランス国有鉄道(SNCF)「お得な切符」シリーズ(1964年)。同じ構図・文字情報による「ムッシュ編」「マダム編」は、両者の対比と、並べて掲出した時の効果、個別で見ても「半額料金」を示唆する「右半分のみ描いた人物表現」が印象的です。

今回は、二つのポスターの「原画下絵」も出品されているため、これらとの比較も可能であり、「アイディア・スケッチがポスターとなるまで」の工程を窺い知ることができます。

作家、国・地域、時代、技法などで異なるので、あくまでも「フランスの近代ポスターに顕著な一つの方法」として記すと、
①アイディア・スケッチ
②ポスター原画の下絵=「絵」が主体
③ポスター原画=「文字」をアタリで添える
④製版用のポスター原画=「文字」「ロゴマーク」などを正確に入れる
⑤製版
⑥印刷
⑦ポスター
の流れで制作され、サヴィニャックの場合、①②③は自ら手がけ、④以下の工程は美術印刷所の現場にお任せ、もしくは簡単な確認で済ませた可能性が高い、として良いでしょう。②と③、③と④の間には、絵柄の拡大(縮小のことも)トレースがあるので、方眼紙やグリッドを引いた紙が用いられ、あわせて製版・印刷に見合った細部の省略、文字やロゴマークとのバランスを鑑みた修正を行い、クライアントの最終チェックを受けて、版を作り、ポスターが刷り出されます。このような工程があるからこそ、「お得な切符」シリーズにおいては、
*人物の表情・プロポーション:原画下絵は可愛らしく、ポスターは重々しい
*同・服装:原画下絵は合服、ポスターは冬服
の点で、かなりの相違が見られます。どちらも「サヴィニャックの作品」ですが、後者に現場の判断と、クライアントの意向が反映されているのは確かです。(続く)

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TOPICS008:サヴィニャックとともに旅を その② 17.04.2018

サヴィニャックの仕事としては、最初期のエディトリアル・デザイン、パンフレット「夏の外国旅行」(1935年)は、旅行鞄の表現に「写真」に対する意識、地図との組み合わせやタイポグラフィは「構成主義」の志向が感じられ、全体のまとめ方には、その頃サヴィニャックが師事したA.M. カッサンドル(1901~68年)の影響が窺えます。
ここで関心がそそられるのは、年齢的には6歳しか違わず、しかし当時のキャリア、知名度で雲泥の差があった両者の出会いです。まず、コレージュ(フランスの4年制中等教育機関)を中退したサヴィニャックが、パリ地域公共交通公団STCRP。現・パリ市交通公団)の見習い図案画工を経て(在職1923~24年)、ロベール・ロルタック広告アニメーション工房画工も辞め(在職1925~29年。但し28~29年は兵役のため一時離職)、フリーランス活動の第一歩を踏み出した頃、すでにカッサンドルは、「通りすがる者の視線を瞬時にして釘付けにする」ポスターで、花形デザイナーの地位を築いていました。なかでも、本展出品作の《北部鉄道:快速、贅沢、快適》(1929年)

など、1920年代後半におけるカッサンドルの「鉄道ポスター」は名作揃いです。
1931年になると、カッサンドルは、やはりフランスのモダン・グラフィックの第一人者シャルル・ルーポ(1892~1962年)と共同で、広告代理店(今日のデザイン事務所)「アリアンス・グラフィック社」を設立。その肝煎りを務めたのが、1926年以来、カッサンドルのポスターを制作したレオナール・ダネル工房リールの美術印刷社)のモーリス・モラワンでした。前述の《北部鉄道:快速、贅沢、快適》がダネル工房によるのは、言うまでもありません(画面中下に「IMP. L. DANEL – LILLE=リール市、L. ダネル印刷」の印記)。


一方、独学・実務経験の乏しさもあって、チャンスに恵まれなかったサヴィニャックは、1933年、一念発起してアリアンス・グラフィック社を訪ねます。そして、アポ無しの飛び込みだったにもかかわらず、カッサンドルに会うことが叶い、すぐさまポスター1種とチラシ2種の仕事を与えられたのです。ところが、翌年にモアランが急死したため、同社は倒産・解散に追い込まれ、以降、サヴィニャックは、カッサンドルの私設アシスタントとなりました。この時代にサヴィニャックが手がけた《北部鉄道:ディーゼル特急》(1937年)

は、カッサンドルを踏襲した「(超)一点透視図法」のスタイルで、丸みを帯びた流線形が特徴的なディーゼル特急車両「34/37形」を全面に打ち出したもの。
制作はパリのダネル工房ですが、興味深いことに、消滅したアリアンス・グラフィックの社名が使われています(画面右下に「ALLIANCE GRAPHIQUE|L. DANEL|Paris=パリ市、アリアンス・グラフィック/L. ダネル印刷」の印記)。

また、同じ図案でありながら、下半分の文字情報(本作「ディーゼル特急|パリ~ブリュッセル3時間|パリ~リエージュ3時間50分」)が異なる色違い版も存在し(別作「ディーゼル特急による速達な旅|パリ~リール2時間25分」)、当時、カッサンドルの名声を借りた「旅物」が、どれほどクライアントと大衆にとって魅力的だったかは言わずもがな、として良いでしょう。(続く)

[関連ニュース]
本展の第一会場・練馬区立美術館の開催は、大変な賑わいのうちに無事終了いたしました。いよいよ来る4月29日(日)からは当館で始まります。期待の第二会場で初めて観覧される方はもちろんのこと、練馬へお越しになった方も、ロケーションや空間が異なる宇都宮を再訪し、「サヴィニャックとともに“北関東”の旅を」味わっていただければ幸いです。また、図録を買いそびれた皆さんも、ぜひご来館くださいますようお願い申し上げます。

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TOPICS007:サヴィニャックとともに旅を その① 14.04.2018

あと二週間もすると、ゴールデンウィークがやって来ます。日本の場合、盛夏の長期ヴァカンスよりも、体感的に心地良い4月末から5月初めの一週間に、ちょっとしたエクスカーションへ出かける人々で賑わい、それを心待ちにしている皆さんも多いことでしょう。もちろん、近所や自宅でのんびりと過ごす、書物その他の媒体を通じて、イメージの中の旅を無上の喜びとする方々もおられると思います。
そんな多様な休日・余暇の過ごし方の一つとして、本展を機に、ぜひ「サヴィニャックとともに旅を」楽しむことを味わっていただければ、この上ない幸いです。
たとえば、ヨーロッパの地図に、1個の古めかしい旅行鞄があしらわれたパンフレット。大陸を囲む海の青は、そのまま鞄の張り地となり、対比的な白の地形が「鞄を彩るステッカー」に見える時、私たちはすでに、サヴィニャックが生み出した「旅の世界」に入り込んでいます。陸地(国)で唯一、黄色でマーキングされた場所を、「目的地(デスティネーション)」と意識する者は外国人、逆に「出発地」と感じるのはフランス人、として良いでしょう。文字情報に目を向けると、フランス語で「夏の外国旅行 1935年|ワゴン=リ/クック パリ代理店…(以下、パリ市内の5つの店舗住所・電話番号)」と記されています。
以上の絵柄・文字から、このパンフレット「夏の外国旅行」(1935年)は、実は「フランス人を外国(白地図上のどこか)」誘うもので、対象地域は北アフリカや小アジアまで及び、当時の著名な鉄道事業者「コンパニー・アンテルナショナル・デ・ワゴン=リ(CIWL:国際寝台車会社。創業1872年、ベルギー)」と、その傘下にあった旅行代理店「トーマス・クック&サン社」のプロデュースによる、という内容を読み取ることができます。
ちなみにCIWLと言えば、小説や映画のテーマに取り上げられ、1920年代~1930年代の時代精神を物語る豪華国際寝台急行「オリエント・エクスプレス

の運行母体として名を馳せました。また、世界初の旅行代理業で、1928年、CIWLによって買収されたトーマス・クック(創業1841年、イギリス)も、ドイツ資本の親会社を経て、21世紀に再びイギリス企業となり、そのブランドは広く知られています。
サヴィニャックの業績においては、巨匠A.M. カッサンドル(1901~68年)のアシスタントを務めながら、フリーランスの活動を展開したばかりの最初期(27歳の頃)に手がけたエディトリアル・デザインの仕事です。(続く)

[関連ニュース]
当館での本展は、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)に広報面で多大なご協力をいただいています。4月1日から開催が始まった「栃木デスティネーションキャンペーン」に合わせて、きれいにリニューアルされたJR宇都宮駅西口の掲示板には、展覧会のポスターチラシも登場しました。

新幹線・在来線の両改札からすぐの場所で、美術館行きのバスへ足を向け、タクシーご利用の際にも必ず目に触れると思いますので、印象的な「」をご覧になられたら、「サヴィニャックとともに旅を」思い起こし、ご来館くださいますようお願い申し上げます。
なお、JR東日本「大人の休日倶楽部」会員の皆さんは、こちらもお読みください(特典あり)。

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